episode54ちょっと、ちょっとぉ~
私と妻は違う仕事をしているため、タイミングが合うことは少ないのですが、たまには一緒に食事の買い出しに行くこともあります。
うちでは私が買い物担当なので、お昼ごはんは何にしよう、晩ごはんはどうしようと一人で悩むのですが、妻と一緒なら相談しながら買い物できます。
少し前のことです。
その日は妻が仕事のストレスから疲れていたようなので、気晴らしに買い物へでも行こうよと誘いました。
そして少し離れたところにある大きめのスーパーに、クルマで出かけました。
そのスーパーは大きくて、空間を広く取って商品を陳列しています。
また天井が高く、解放感もあるので気分転換になるかと思ったからです。
スーパーに到着して買い物を始めましたが、妻は仕事の悩みを私に聞いてほしかったようで、何を食べようかという話題になりません。
そんなタイミングで、少し前から買わなくちゃと思いながら、何度も買い忘れていた品物が目に入りました。
私がその品物が陳列されている棚に歩き出したのとほぼ同時に、妻は私に何かを言いかけたようでしたが、私は今回は忘れずに買って帰らなくちゃと意識がその品物に集中しています。
妻の様子に気が付きませんでした。
すると私の後ろから、大きな声で「おい!」という野太い男性のような声がします。
スーパーの高い天井や広い空間が、その声を余計反響させているようでした。
私が何事かとびっくりして後ろを振り向くと、そこには妻が恥ずかしそうにして立っていただけでした。
野太い声はそれっきり聞こえないので、私は目的の品物を買い物かごに入れ、妻と一緒に買い物を続けました。
駐車場のクルマに戻った途端、妻は顔を真っ赤にして「恥ずかしいでしょ! どうして私が話しかけているのに無視して先に歩き出すのよ!」と怒りますが、私には意味がよく分かりません。
妻の話を聞くと、会話を無視して私が先に歩き出すから、「おい!」って言うと、周囲の人が何事かとキョロキョロして声の主を探していたというのです。
あの声は妻が発したものだったのです。
妻は元々声のトーンが少し低めで、わざと声を低く出すと、男性の声のように聞こえることもあります。
周囲の人がキョロキョロしていたのは、男性が怒っているような声が聞こえたけれど、声の主が見当たらないので不思議に思って探していたということだったのです。
妻が野太い声を発した後、妙におとなしく買い物に付き合ってくれたのは、恥ずかしかったことと、声の主は自分ではないと周囲の人に思わせるためだったのです。
私には男性のように怒るけれど、周囲の人にはそれを知られたくなかったということです。
それで私は思い付きました。
そのことを逆手に取ってやろうと考えたのです。
その事件から一週間ほど経ったある日、同じスーパーに妻と出掛けた時、わざと妻が話しかけている時に先に歩き出してやったのです。
すると妻は女性らしい可愛い声で「ちょっと、ちょっとぉ~」っと、声を掛けてくるではありませんか。
ビックリして振り返ると、どうだといわんばかりの満面の笑みを浮かべている妻がそこにいました。。。
私が浅はかでした…。
このようなことで頭の回転が速い妻に一泡吹かせることなんて、できるはずがありません。。。
私が到底かなわないほど頭の回転が速く、
周囲の人への気配りも忘れない…。
こんな妻が大好きです…。